Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

レビュー「世界を不幸にしたグローバリズムの正体」


世界を不幸にしたグローバリズムの正体(徳間書店)
TPP等のさまざまな問題が昨今あり、いまだにマスコミその他で支持者や推進者の多いグローバリズム

2001年ノーベル賞経済学者を受賞しクリントン政権で経済諮問委員として活躍したジョセフ・E・スティグリッツの著書。

まず注目すべきはこの本が2002年、という十年前に書かれた本であるということ。そう日本で小泉新自由主義政権が発足し、日本国民の大多数が新自由主義市場原理主義構造改革によって日本社会は劇的によくなる、と本気で信じられた時期に書かれていることである。ジャーナリストが海外で誘拐されたり社会的弱者が出ると「自己責任厨」が吹き荒れ、ネットや新自由主義にちょっとでも否定的なことを書いたら「荒らし」掲示板内で袋叩きに遭う。そんな時代にこの本が既にかかれたのである。

この本ではIMF(国際通貨基金)とアメリカ財務省新自由主義市場原理主義の巣窟となっている実態が暴かれ、しかもIMFがアフリカ諸国を始めとする発展途上国の多くに緊縮財政を始めとする政策を事実上強要し、発展途上国、タイ、ロシア等多くの失敗例があるにも関わらずIMF(国際通貨基金)とアメリカ財務省がその失敗を実質的に認めず新自由主義市場原理主義の政策に固執している実態。逆に中国やポーランドハンガリーIMFの方針に従わなかった国の成功例等が示されている。

そしてその構造にはIMF(国際通貨基金)とアメリカ財務省の面々がアメリカの金融業界出身者で占められており、そして基本的にはそのアメリカの金融業界の利益を優先するために動くという実態が暴かれる。

この本を書いている時代には勿論TPP等の話やアメリカの殆どの政治家、議会が国際金融勢力によって実質的に支配されている実態までは言及していない。しかしこの本を読むと昨今のウオールストリートのオキュパイ運動の背景及び、TPPの実態等さまざまなことが見えてくる。

筆者は国際金融勢力によって占められるIMFの政策決定の過程の秘密主義的体質や、本来国際的に中立の立場であるはずのIMFが実質的には利益誘導体質である点を問題視している。これなどはTPPの規約決定が全く非公開でしかも不平等な内容であるという傾向と見事に一致する。

結論からいってすでに新自由主義市場原理主義の政策に多くの失敗例があるにも関わらず、この本が書かれてから10年近い年月がたっているにも関わらずIMF(国際通貨基金)とアメリカ財務省は何の教訓も学ばずいまだにカルト宗教のごとく新自由主義市場原理主義を正義だと信じている実情が見えてくる。

しかもその政策には多くの矛盾点がある。結論からいって都合のいい時には「自由貿易」そして状況によっては寧ろ「保護主義」にすら走るアメリカの実態がある。

つまりここで見えてくるのはいわゆるグローバリズムといわれているものは単なる帝国主義に過ぎない。という点である。だがスティグリッツグローバリズムは機能していない、という表現を使っている。筆者は同時に「公正」で適性な方策であればグローバリズムによって大きな発展を世界がする点も強調している。

つまり機能していない現代のグローバリズム、一言でいえば「エセグローバリズムという表現がぴったりかもしれない。

今、日本の経済界やマスコミ等でグローバリズムを批判する論調はほぼ皆無といっていい。だが彼らの多くはスティグリッツの指摘した新自由主義市場原理主義的政策の失敗例に対して無知、もしくは全く無視しているかのいずれかであろう。

だが公正さのない「エセグローバリズムは決して経済を発展させないし世界を不幸にするのである。ましてアメリカ議会のみにしか規定の内容の変更する権利がないということ自体が(何度もいうがTPP推進論者はこの点をひた隠しにしている)TPP不平等条約であることはおそらく小学生でもわかるはずなのだが、多くの推進論者はその小学生でもわかることが理解できないらしい。

グローバリズムという名の「エセグローバリズムは特に「エリート」という人種の中で推進論者が多い。経済人、政治家、官僚やマスコミ人の中に特に多い。

そして彼らがIMF(国際通貨基金)とアメリカ財務省と共通するのは「失敗の存在すら認めない連中」ー「失敗から何も学ぼうとしない連中」であるという点である。

だがひとことだけいわせていただければ

失敗することは恥ずかしくない。だが失敗から何も学ばず同じ失敗を繰り返す人間こそが恥ずかしいし、最低の人間である

 日米ともにエリートといわれている人間にこういう人間が多いというのは困ったものである。