Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

なぜ、「経済学者」は嫌われるのか? ――実は「利他的」な経済学者

ダイアモンド社に興味深い記事があったので紹介する。読まれた方も多いかもしれない。

なぜ、「経済学者」は嫌われるのか?
――実は「利他的」な経済学者が伝えたい、経済学の「2つの醍醐味」

http://diamond.jp/articles/-/35163

私自身もよく経験しているのですが、初対面の人に「経済学者です」と自己紹介したときの、相手の反応はたいてい決まっていて、2つに集約されます。

ひとつは、「これから景気はどうなりますか?」とか、「これから儲かる株は何でしょうか?」といったことを尋ねてくる人。「経済学」というのは、景気の予測をしたり、お金の儲け方を考えたりすることだと、多くの人が思っているんですね。

もうひとつは、面と向かってはあまり言われないまでも、「経済学」という言葉にネガティブな印象を抱く人。こういった人はかなり多い。「数字だけしか信じない冷酷な世界だ」とか、「利己的で計算高い連中ばかりが集まっている」とか、そういうイメージですね。

 経済学者自身が、そういう状況を揶揄して、「陰鬱な科学(dismal science)」だと表現することもあるくらいです。

<中略>

「経済学」が、「お金儲け」とまったく無縁だということではありません。景気変動の予測や株価形成の要因を研究することも、「経済学」の重要なテーマのひとつです。けれども、必ずしもそれだけが「経済学者」の主要な仕事ではないのです。

むしろ、世間の人が「経済学」や「経済学者」に抱くイメージと、「経済学者」が実際にしている研究とは大きなギャップがあります。
世間の人から「経済学」は誤解されていますし、私自身も大学に入るまでは、「経済学」を誤解していたのです。

<中略>

「経済学」には大きく2つの面白さがあります。

ひとつが、複雑な社会現象をシンプルな原理で説明するということです。「経済学」の技術で社会を分析すると、それまで見えていなかった現実の姿が見えてくることがあります。

たとえば、所得格差の拡大という現象があった場合でも、高技能者や低技能者に対する需要と供給ということを考えると簡単に説明ができます。コンピューターを中心とした技術革新のために、人の仕事はコンピューターの苦手な仕事に移ってきました。つまり、労働者に対する需要は、対人サービスや企業経営や製品のアイデアを考える仕事を中心に増加して、コンピューターが得意な定型的な事務仕事は減少しました。そうやって、需要や供給の変化を考えるだけで、需要が増えたタイプの仕事の賃金が上昇し、伝統的なホワイトカラーの仕事の賃金が低下したことが説明できてしまいます。需要と供給、インセンティブという概念をしっかり理解するだけで、様々な社会の出来事を説明できるのです。

一流スポーツ選手や一流芸能人は高額の所得を手にできるのはなぜか、保険に入っても一定額までカバーされない部分があるのはなぜか、をはじめとして、世の中には、すぐには理由がわからないことが多いと思いますが、経済学を学べば、こういうことに簡単に答えられるようになります。

<中略>

「伝統的な経済学」では、経済活動を営む人間を、すべて合理的な存在と考えます。それが、よく知られる「合理的な経済人(ホモ・エコノミカス)」です。

けれども、ひとりひとりの人間の日々の経済活動が、合理的な判断にもとづいているかというと、必ずしもそんなことはありません。貯蓄をしたくてもできないとか、ダイエットをしたいのにできないとか、ギャンブルにはまってしまうとか、人間には、感情や直感に流されて苦しむ不合理な側面もあります。
しかも、その不合理な側面には、多くの人に共通する一定の「パターン」があることが知られています。そのパターンを考慮に入れると、合理的な人間像だけでは説明しきれなかった経済現象を説明できるようになるのが、また面白いところです

<中略>
行動経済学」は、極めて学際的な学問分野です。心理学や物理学、脳神経科学など、社会科学と自然科学を跨いでさまざまな分野の学問が融合した、非常にダイナミックな学問領域です。その各分野の最前線を走っている先生方が、みなさん忙しいにもかかわらず、積極的に協力してくださいました。

その背景にあるのは、「経済学」への誤解に対する不満です。
自分たちが感じている「経済学」の面白さが正しく理解されないばかりか、「経済学者」は、計算高くてこずるい、利己的でいけすかない奴らだと、白い目で見られてさえいます。 しかも、その嫌われ方に、合理的な根拠はまったくありません。世間の人の「思い込み」という不合理な直感で、悪評に晒されているわけです。

そんな中、今回監修した「おかね道」という展示について、日本科学未来館からご連絡いただきました。

この企画展によって、大勢の人に「経済学」の面白さを体感してもらえれば、こうした「経済学」への偏見を取り除いていくことができるのではないか――。そう思ってさまざまなジャンルの先生方とともに、多くの「経済学者」にも声をかけました。

恥ずかしながら正直いって、私も「経済学者」「エコノミスト」というと計算高くてこずるい、利己的でいけすかない奴ら、数字やデータしか見ず「人間」を見ようとない冷酷な奴らというイメージを持っていた。

上記の大竹文雄大阪大学教授の話を聞くと私を含めておそらくは世間一般の経済学者ーとりわけ「グローバル派」のエコノミストに対するイメージとは天と地以上の開きがある。

これは想像だがマスコミに頻繁に出ている東大の伊藤某、慶大で元大臣の竹中某、支離滅裂なことを云っているにもかかわらずネットでいまだ英雄視されている池田某 といった連中が経済学者のイメージを悪くしていったといえるかもしれない。とりわけ竹中某元経済財政政策担当大臣などはまさに上記↑イメージそのものである。

まあマスコミ全般がいまだに新自由主義的論調を捨てようとしていないし、変な話マスコミというのは「暴論」「極論」を離す人間を好むという傾向もある。
なぜならそういう人間を出した方が視聴率が取れる、からである。

しかし日本はそういう人間のいうことを鵜呑みにする傾向が後を絶たない。

しかしそういう先入観を取り払うという意味ではこの記事は非常に面白い。