Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

八重の桜「覚馬の娘」ー自由民権と日本の議会草創期

八重の桜ー久々の記事です。(^^)

今更ですが先週からまたオープニング映像が変わりましたね。会津編の時は殆ど変わらなかったんですが、京都編に入ってから結構めまぐるしくオープニング映像が変わっています。

今日は覚馬の娘 みねがかねてから心をよせていた伊勢時雄とめでたく結ばれる様子が描かれていましたが、会津戦争からみで母親と生き別れになってしまったいきさつがみねの心の傷となって残っていました。八重はみねに「過去は変えられないが未来は自分で決めなさい」と諭して、最後はハッピーエンドに終わります。

しかし先週からそうですがメインはやはり日本で始った「議会政治」自由民権運動でしょう。日本史上初めての地方議会は高額納税者のみという限定的で現代の我々がみても不完全な形ながら、初めて地方民の代表を選ぶということに変わりはなく、当時としては画期的なものでした。

覚馬はまさに京都府民にとって「民主主義の先生」となりとかく横暴な槇村府知事を追い込み、最後には予算審議と追加増税を強引に推し進めようとした槇村を覚馬は新聞の力で世論の反発を煽り、最終的には槇村の「元老院への転出」という事実上の引退に追い込みます。形の上では覚馬と痛み分けの形をとり、その見返りに集会の自由を京都府民は勝ち取ります。

これというのも自由民権運動のうねりが大きくなってきたからですが、ここで日本の民主主義運動の草分けである自由民権運動について触れておきましょう

自由民権運動に関しましては歴史家の分析でいくつかの説がありますが、私は運動の本質を考えるとつぎの段階に分かれると思います

・黎明期
もともと自由民権運動のきっかけは政府の政策に対して不満を持っていた不平士族の運動が発端となり、例の征韓論問題で下野した板垣退助を始め後藤象二郎副島種臣らが下野した翌年に「民選議員の建白」を政府に提出した1874年が運動の始まりとされています。

「民選議員の建白」憲法の制定、議会の開設、地租の軽減、不平等条約改正の阻止、言論の自由や集会の自由の保障などの要求を掲げた当時としては画期的な内容ではあったものの、この時期はまだある意味不平士族による西南戦争の変形」といえなくもなかったと思います。そのため武力を用いる士族反乱の動きも少なくなく、そのためまだ不安的なものでした。

・拡大期
第二期は運動が士族だけでなく農民に拡大変質していく段階です。きっかけは地租改正で、各地の農村の指導者層にはこの地租の重圧は負担であった。これにより、運動は全国民的なものとなっていき政府もこの動きを無視できなくなりました。その背景で今日初登場の大隈重信や板垣が参議に復帰し、自由民権運動寄りの政策を推し進めるようになりました。

・成熟期
第三期に関しては歴史家で諸説分かれていますが私はこの第三期は士族+農民という単位から「政党」という単位で運動が変質していく段階です。きっかけは本日「八重の桜」で描かれたいわゆる「明治十四年の政変」で大隈が下野、これをきっかけとして大隈重信立憲改進党、板垣は自由党を結成し、井上馨鹿鳴館を中心とした「欧化政策」による混乱ー具体的には不平等条約改正の失敗に対し、その原因を国辱的な欧化政策と言論弾圧による世論の抑圧にあると唱えて、

1.言論の自由の確立
2.地租軽減による民心の安定
3.外交の回復(対等な立場による条約改正実現)
を柱とした「三大事件建白」と呼ばれる建白書を提出し、事態収拾のために民権派の大隈重信外務大臣に入閣させることで沈静化。
そしてついに1889年(明治22年)の大日本帝国憲法制定を迎え、翌1890年(明治23年)に第1回総選挙が行われました。
二院制による帝国議会が開かれたことによって一応日本における議会政治が本格的にスタートしたわけです。

もちろんこの時の衆議院はまだ誰でも投票できる普通選挙ではなく、現代の我々から見れば不完全なところが多々ありますが、日本の民主政治の草創期がこの時に芽生えたのは事実でしょう。

戦後に入り普通選挙、男女平等、そして言論、集会、表現の自由が保証されている世の中にはなったはいますが、今また現代の日本では危機的な状況になっています。

特に戦前の悪名高き「治安維持法」を思わせる「秘密保全法」がお茶を濁す程度の修正で安倍政権によって強行されようとしています。
現行では政府はいかなることも「国家機密」にすることが可能で、しかも公務員だけでなく政府が勝手に「国家機密」とした情報を調べたり批判したりした人間も逮捕できる恐ろしい法律です。

しかも公安はそれに反対を表明した有名人に対する圧力をかけています。

このような行為は一市民として公安のこのような行為に対し重大かつ厳重に抗議し、この秘密保全法案に対し重大な懸念を表明せざるを得ません。

板垣退助大隈重信が現在の自由、議会政治、言論の自由を獲得するのにどれだけ死ぬような思いをしたか、我々は明治のこうした偉人たちの功績に敬意を示す意味でも秘密保全法案を強行しようとする安倍政権を批判し続けます。