Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

中川淳一郎さんが語る“SNSの未来”

正直中川さんのおかげでいわゆる「ネット論壇」というのが少しはマシになってきた、というかネットのツールの「万能論熱」から冷静にネットというものを見つめる風潮が出てくるようになった。これは間違いなく中川さんの功績である。

著書「ウェブはバカと暇人のもの
」が出る前はネットに関する問題点を論じること自体がタブーであるかのような雰囲気があったし、mixiやブログなどでそういう言質のコメントを書けば当たり前のようにそのおバカな暇人によって「荒らし」行為を受けた。

そんな中での中川さんのインタビュー記事
■ネットニュース編集者・中川淳一郎氏が語る“SNSの未来”
http://gendai.net/articles/view/life/147147

■「ネットのバカ」の著者、中川淳一郎氏が告ぐ! SNSのブームはもう終わりだ。

■SNSで何百人もの友達をつくる無意味

――昨年12月、LINEで知り合った少年にふられた女子中学生がブチ切れ、仲間20人で少年ら13人を集団暴行する事件がありましたね。三鷹の女子高生もフェイスブックで知り合った男に付きまとわれて殺された。スマホ中毒という言葉がありますが、ネット社会って、果たして成熟しているのか、それとも、いびつになっているのか。この辺りはどう思われていますか?

 ソーシャルネット(SNS)って、いくらでも自分を格好よく見せられるんですよ。勝手にプロフィルをつくって、イケメンの写真を載っけてね。そもそも、SNS上では、自分にいいことしか書かないわけじゃないですか。三鷹の犯人は関西の有名私大の学生だと偽っていた。人間を見る目がない若者が、そういう情報を信じてしまう。ここがSNSの怖さです。LINEの事件も、知り合いの知り合いみたいな形で紹介され、電話番号とか交換し、楽しく会話しているうちに、付き合ってもらえると勘違いした。SNSというのは本来、出会うべきじゃなかった人もつなげちゃうんですよ。

――出会い系という言葉、そのものですね。

 セックス目的の出会い系であればいいんです。でも、そこで恋人や真の友達を見つけようとなると違うと思いますね。プロフィルはどうにでもつくれるわけですから。ネットの情報で人格、人間性は判断できないし、真の人間関係は築けませんよ。

――そういう勘違いは大人にもありますね。SNSで友達を増やすことばかりを考えている大人がいる。そういう友達に反応することを最優先する。そうしたつながりが人脈だと勘違いしている人々です。

 そうそう、彼らは週に何十時間もスマホをいじっているでしょう? そんな時間があれば、リアルな友達と飲みに行けばいい。オレの中には40人の法則というのがあって、過去を振り返ってみて、だいたい30〜40人くらいとしか日常的には付き合っていないんです。SNSで友達を何百人と増やすことよりも、自分の周りの30〜40人を大事にする方が大切ではないか。例えば、金に困っているときにSNSの友達が助けてくれるだろうか。そりゃ、中には金を振り込んでくれる人もいるかもしれないけど、そういう浅い付き合いの人に金を出させるのはおかしなことです。窮地に助けてくれるリアルな人間関係こそを大切にすべきですよ。人間の時間は有限ですから、SNSにかまけていると、リアルな人間関係がおろそかになる。それが果たしていいことなのか。

SNSもちまたの本屋にうざったいほど置いてある「ネット礼賛本」の類の影響でみんな猫も杓子も「スマホいじり」に明け暮れる様を中川さんは批判していたが、自戒をこめていえば確かにSNSを始めとするネットに過剰に依存するのも考え物だ。

私はSNSの友人は少なくても一度はリアルに会った人の見に限定しているが、それでもFacebookの友人は既に300人超えてmixiの倍近くにもうすぐなるがよく考えると300人の中で日常の記事、もしくはリアルの仕事でからみが現在あるのはせいぜい1/3程度。記事等のコメントでからむどころかおそらくはリアルに会っても挨拶すらしない(つまり誰だがお互い覚えていない)のではないか、と思われる人も同じくらいはいるだろう。私の想像だはたぶん友達が数千人いる人で友人全員をきちんと認識できる人など殆どいないだろう。

孫正義氏もツイッターを更新しなくなった

――それなのに、世の中、スマホが氾濫し、SNSは過熱する一方に見えます。

 オレは変わっていくと思いますよ。孫正義さんとか勝間和代さんとか、ツイッターを熱心に更新しなくなったんです。一時期、SNSを礼賛した人が撤退し始めている。SNSの利用価値を冷静に判断するようになってきたのだと思います

孫正義などは世間の「ネット熱」を思い切り煽った一人だと思うし勝間和代などは「ネット論壇」の申し子のようにいわれた人物だ。その人たちがネットやSNSに対して一歩引くようになった。

結局ネットは「補完メデイア」であってそれ以上でも以下でもない。決して「魔法のツール」ではないのである。一方では使い方さえ上手に使えば便利なツールで、私もある意味Facebookを重宝もしているし、会社のWebページのおかげでずいぶんと仕事を取ることもできた。これは確かに大きなメリットではある。

私も一時「ネット依存症」になりかけた時期があったが、結局リアルな面での充実がなければ何にもならないということに気づいた。ネットは気を付けないとダラダラと時間をつぶしてしまう。そんな無駄な時間があったらもっと有効な使い方もできるはずだ。

――SNSはもう廃れる?
 というか、正しい利用方法を考えた方がいい。それは宣伝ツールと割り切ることです。企業でも個人でも。新しい本を出す、イベントをやる、その際、集客やアクセスを増やすために使えばいいんです。一般人が情報発信して何かトクするんですかね? 世の中、脱ネットに行くんじゃないかな。

――ネット社会の在り方もそろそろ、変わってきそうですね?
 電車の中でも便所の中でもスマホを見ている人だらけ。それって、相当な機会損失ではないか。なぜかというと、みんながスマホで見ているサイトって、だいたい一緒なんですよ。2ちゃんねるのまとめブログとか。ニュースはヤフーとかLINEニュースとか。だから、会議とかやると、みんなが同じ知識を持っている。誰のブログが炎上したとかね。ニュースソースはみんな同じ。ネット上では面白いモノが勝つ。それが話題になって、みんなが読む。じゃあ、何が面白いのかというと、芸能情報、炎上情報、巨乳の写真。いわゆるゴシップネタですよ。そこに知的なものは多分ない。そんな情報をみんなが寸暇を惜しんで読んでいる。それで、知識の差別化ができるのだろうか?

<後略>

中川さんは別にむずかしいことをいっているわけではない。そろそろ訳の分からないネット熱、SNS熱から覚めて各個人に合った「正しい使い方」をしましょう、と言っているだけ、全くの正論である。しかしネットでも世間一般でもその正論がまだ受け入れられていないようである。特にネットではいまだに「ネットは万能ツールである」あるいは「ネットの方がーより優れている」という言質に固執する輩が多い。