Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

軍師官兵衛ー私の徳川家康論

軍師官兵衛ーいよいよ徳川家康が「天下取り」に動きそれを阻止しようとする石田三成との対立が激化します。そして豊臣家を支えていた前田利家が死去したあと、黒田長政加藤清正福島正則を始めとする七将が、石田三成を襲撃を計画、それを辛くも逃げた三成は家康のところに駆け込む、嘘みたいな話ですが全て史実です。それは家康が計算に計算をしつくした動きであることを軍師官兵衛は描いております。(ここで三成をわざと生かすことで、「関ヶ原」の種を植えていたわけです)ちなみに三成に家康のところに駆け込むように進言したのは佐竹義宣といわれております。

また糸の後の継室である栄姫も出てきました。栄姫は家康を「叔父上」といっていましたが、実際に栄姫は家康の異父妹(家康の生母の再婚先ー久松氏ーでの娘)の娘なので家康とは血のつながった姫です。この久松氏は家康の異父兄弟の家系の久松松平家として譜代大名の中でも重きをなします。この娘が後ほど長政に嫁ぐことになります。家康がいかに長政を重視していたのがこのことでもわかります。

さて、家康のしたたかさ、狡猾さを描いている軍師官兵衛ですが、ここで今回徳川家康を演じている寺尾聡さんに関して面白い話があります。私もドラマをみながら気になっていました。(^^)

■「軍師官兵衛」で徳川家康役の寺尾聰が右目を閉じているワケ
http://news.livedoor.com/article/detail/9433198/

<ぼくは自分のなかで、家康には表に見せる顔と、自分のなかにある裏の顔があると思っていて、それを自分で絶えず意識するために今回は、裏の顔の象徴として右目を少し閉じて、何か企んでいるように見せたいと思いました>

 寺尾は今回の役を引き受けるに当たり、<“タヌキの皮をかぶったオオカミ”として家康を演じたい>と提案。<セリフをしゃべることで家康を表現するのはなるべく避けたい。あまりセリフをしゃべりたくない>とプロデューサーに注文したという。

 半分閉じた“右目”は、寺尾が描く家康のイメージを具現化した姿だったわけだ。

私はドラマを見て、てっきり寺尾聡さん目か何かを悪くしたのかな? と心配になりましたが、なかなか面白い解釈です。それにしても片目だけ半開きにし続ける、って結構難しいと思うんですがね


徳川家康 1542-1616
まあ徳川家康は結局150年以上続いた戦国の世を終わらせ、 265 年間もの長きに渡った「徳川幕府」を開府し天下を取った人物として歴史に名をのこしていますが、その関係で「タヌキおやじ」とか「哀れな豊臣家を滅ぼした酷い奴」などという人たちもいるわけですが,,,

勿論戦国時代に生きている人間なので、なにか隙があればそこをついて攻めていく、というのは弱肉強食の時代に生きた人間としては当然の行動になります。別に家康を庇うつもりはありませんが、それだけしたたかで、「ずるい」ところがないと戦国時代を生き残れないのは事実だと思います。

加えて数々の大虐殺を行った信長、そして秀吉とて信長の天下を奪って天下統一を果たしたわけなので、家康も同じように豊臣家から天下を奪ったというのが真相だと思います。まあひとことでいえば戦国時代というのは「実力のあるもの」が天下を取るのが常道であり、弱肉強食の世界というのはそういうものなのです。いい悪いは別として、寧ろ信長や秀吉に比べれば穏やかな方でしょう。関ヶ原と大阪の陣を除いては

勿論現代のような民主社会では、やはり新自由主義のような弱肉強食ではなく、やはり「弱者への配慮」というものが必要だと私は考えます。

しかしこれは戦国時代、北の政所もドラマで描いたように「もっともふさわしき方が天下人となればいい」

そしてこのドラマでの家康の描き方はさておき、秀吉なきあと一番実力があったのは当時の状況を見れば誰がみても家康でした。そして秀吉も家康も「戦のない世を作る」という共通の思いは間違いなくありました。その意味でいえば家康はやはり天下を取るべくして取ったのだろうと思います。その意味では山岡荘八の家康論に近いかもしれませんね。勿論家康自身は幸運には恵まれましたが...

さて、いよいよ関ヶ原が近づいてきます。軍師官兵衛のクライマックスは近いでしょう。