Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

昔から作られていた「クリスマス」

今日はクリスマスイブですね。

日本では何かカップルのデートや「一夜」を過ごす日と化して、しかも「一人でクリスマス=ダサい」などというわけのわからない価値観がすっかり定着していますが、当ブログでも何回も書いていますように別にそんなことは気にする必要はありません。(笑)

そもそもこのクリスマス、最初から「作られた」ものだからです。

クリスマス、日本では24日のイブの方がメインになっていますが、12月25日は「イエスキリストの誕生日」であるかのように一般的には言われています。
しかし実際にはそれは誤りで、実はキリスト教でも正式には12月25日をキリストの誕生日とはしておらず、正確にはイエス・キリストの降誕を記念し祝う祭日」としており、この日をイエス・キリストの誕生日と認定しているわけではありません。 

実は新約聖書には、イエスキリストの誕生日を特定する記述はありません。キリストの誕生日は1月説,4月説と7月説があり、実はイエスキリストの本名すらわかっていません。ナザレのイエスといわれますがジョシュアともジェイスムいわれます。しかし当時は現代のような戸籍のあるわけがないので、現代ではもはや確かめようがありません。

不思議なことにキリスト教原理主義者(よくこの時期に街中で押し付けがましいウザったい聖書に関するアナウンスを流す大馬鹿物連中)でこのことを知っている人間が殆どいない、というのも面白いです。まあイスラム教タリバンや「イスラム国」もそうですが、いずれも聖書やコーラン等の経典をきちんと読んでいるとは思えず、誰かの曲解の解釈を真実と思い込み、テロや過激な活動を行うという点では共通しています。イスラム教原理主義が中東の非情に貧しい教育水準が高いとはいえない地域で根強い点、そしてキリスト教原理主義もアメリカ南部というはっきりいって教育水準が決して高いとはいえない地域に根強いという点からも、原理主義と教育水準の低さはどうも正比例しているような気がします。教育水準が低いところほど単純な教義に感化されやすい、という点がありますからね、

さて、本題に入りますが以前の当ブログの記事に書きましたようにヨーロッパの古代宗教である「ミトラス教」(またはミトラ教)の神聖な日を当時のローマ皇帝キリスト教を定着させるために「キリストの誕生日」(正確にはキリスト生誕を祝う日)に定めたというのが発端です。

このミトラ教は太陽神「ミトラス」を主神とする密儀宗教で古代のインド・イランに共通するミスラ神(ミトラ)の信仰であったものが、ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変え、主にローマ帝国治下で紀元前1世紀より5世紀にかけて発展したものとされています。

太陽神ミトラス

このミトラ教冬至(12月25日)をもっとも神聖な日と定め、不敗の太陽神の誕生を祭る日と定めていたそうです。ミトラス教徒は太陽神ミトラスが冬至「再び生まれる」という信仰をもち、冬至を祝った習慣があり(短くなり続けていた昼の時間が冬至を境に長くなっていくことから)それがそのまま「キリストが再び生まれる=キリスト誕生を祝う日」に転じていったという背景があります。

つまりこのクリスマスは古代ヨーロッパでミトラ教からキリスト教に改宗するにあたり、改宗しやすいように当時のローマ皇帝が取ったある種の方便といってもいいのです。

つまりクリスマスとは最初から作られたお祭り だったんですね。

クリスマスにクリスマスツリーを飾り、家族でパーテイーを開きサンタクロースが子供達にプレゼントを持ってくるというのは、実はイギリス式のクリスマスでそれが商業主義(プレゼントを買ってもらうためにオモチャメーカーを始め多くのメーカーがそれに関する商業展開を行う)と結びつき、現在のようなクリスマスパーテイー、(よくある「大切な人と過ごすクリスマスイブ」とかいうやつwww)が日本でも主流になりました。

つまりクリスマスは作られたお祭りで今も作られ続けている  
ということですね。

まあ日本人というのは踊らされやすい、といいますか(笑)何か「一人でクリスマス=取り残される」なんてイメージを持っている人が多いようですが、しかし「作られたお祭り」に踊らされてばかり、という人間もつまらない、とは思いませんか(笑)

まあ一人のひねくれモノのたわごとと聞いていただいても結構ですが、

とりあえず皆さん。メリークリスマス