Kyojiのよろずひとりごと

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

情弱の落とし穴ー好きな情報、都合のいい情報しか見ない

情報化社会とかいろんなことがいわれるが最近気になることがある。

こちらのブログでは本来この話題はしないのだが、記憶に新しいApple Musicで「自動更新」がらみでクレームが続出したという

何のことはない、Apple Musicは「3か月無料」を触れ込みにしておいてその後自動更新されるのだが、その「自動更新=有料」という部分を見逃してしまった点にある。つまり説明をよく見ない方が悪いのだが、どうも3か月無料のトライアル」無料という部分だけをみてその前の3か月という部分を全く見ていないユーザーが多かったのである。

実は私は自社作品のネットショップを大々的に展開した経験があり、その時に時々「セール期間」をもうけたことがある。

その「セール期間」になると必ず起きるのが

〇月〇日まで 15%off  という表示をしていると何と15%offというところだけみてその前の青文字〇月〇日までの部分を全く読まない人間が出てくる。すぐ横に、しかも太字で書いてあるにもかかわらず、である

これは本当に笑ってしまうほど毎回必ずそういう人が出てくる。

つまり自分にとって都合のいい情報、好きな情報しか見ない という傾向だ、

しかるに最近、安倍政権の安保法制その他の関連でかまびすしいネトウヨの連中を見ると、かなりそれと共通する部分がある。

ネトウヨ自身は基本的には相手にする価値がない連中だが、この連中で看過できないのはデマを拡散する能力だけはある、点である。そしてそれが社会に対して著しい悪影響を与えている。

非常に厄介なことにデマ拡散とねつ造だけは本当に得意なのである。

このネトウヨを見るとまさに先ほどのApple Musicやネットショップの「都合のよいところ、好きな所しか見ない」という傾向が見事なほどに見えてくる

例えば私のもう1つのブログにもかいた在特会を中心とする映画「Unbroken」の上映禁止運動だが、この運動のおかしなところは反対運動している連中で「Unbroken」実際に見た人間など一人もいない、ということだ。

映画アンブロークンの予告編

そしておそらくはチャンネル桜かそれと同等のネトウヨが好むデマの掲載サイト」に関する情報を鵜呑みにして、映画を見てもいないくせに「Unbroken」反日映画などと決めつけ反対運動を展開、アメリカで実際見た人は口をそろえて「反日映画ではない」といっているが、ネトウヨは実際に見た人の感想よりもチャンネル桜あたりのデマ情報サイトの方を信じる。おかげでいまだに「Unbroken」の劇場公開のメドがたっていない。

実際原作の翻訳をやられた田中 昭成氏がネトウヨが主張する「原作のねつ造」など全く事実無根であり、きちんとした歴史的史料をみつかっている旨を発表しているのだが、経験上ネトウヨはそんな情報を提示されても100%読まない

ネトウヨは卒業することを知らない、といったのは元祖ブロガーといわれる山本一郎氏だが、(最もこの人物の「切り込み隊長」時代はあまり感心しなかったが)

あえていう、

自分の好きな情報、都合のよい情報しか見ようとしない人間は情弱である

情弱、つまり情報弱者のことである。

もっとはっきりいえば ネトウヨ=情弱人間  である

ただ問題はこの救いがたいほど頭の悪い連中が行う実に始末の悪い、看過できない点なのはその情弱ぶりで得たデマを大量拡散する点である。

先日の国会前デモ、実際に行った人はわかるが、それでもまだデモに対してネガテイブなイメージを持っている人が少なくないのはこのネトウヨの流すデマの影響も否定できない。

国会前に集客している人たちに一日2万円でる?

そんな金どっから出るんだよ?

そしてこのデマを流すネトウヨで実際国会前の実際デモの現場にいった人間はたぶん皆無である。実際現場などいったこともないくせにあたかもみてきたようなことをいう。それがネトウヨである。

例によってチャンネル桜を始めとするデマサイトを鵜呑みにして、それをものすごい勢いで拡散させた結果である、

実際そのデマを鵜呑みにしている人も少なくない

救いがたいのは、そのチャンネル桜を始めとする情報を見て、自分がよく調べた気になっている点だ。上から目線で自分が信じ込んだデマを否定する人間をさも自分が全てをわかっているかのように得意そうにして否定する人間を叩く。実態わかっている人から見れば「バカ丸出し」の行為なのだが自分が「バカ丸出しをしている」という認識すらない。

ここまで来ると悲劇を通り越して喜劇である

要は声を大にしていいたいのは

ネトウヨのような情弱の流す情報は信頼するな

ということだ、